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今年のまとめ(病気編)

2009/12/30 Wed

もともと、風邪などあまり引かない私。
身体は丈夫なほうで、ちょっと危ないかなと思ったら、ビタミン剤を飲み
ぱっと寝て、次の日は元気ハツラツ!な私。

6月21日 右胸にしこり発見。

6月24日 マンモグラフィのある病院をネットで探し、一番空いていそうなところを選出。
       婦人科だと信じ、受診。
       「ここではないよ、となりの外科だよ」
       といわれ、そこで予定外の子宮がん検診を受けた。
       (かなり知識のないアホな私)
       外科で、マンモグラフィとエコー検査の結果、針をさして細胞をとることに
6月25日 細胞診

7月 1日 乳がん告知
       婦人科で受けた子宮がん検診は問題なし。

7月 7日 紹介状を書いてもらう病院を決める

7月 8日 主治医と初めて出会う。マンモグラフィイ、細胞診をとりなおし。
7月15日 CT検査(造影剤)、
       全摘か、温存かの選択を迫られ、術前抗がん剤治療後の温存療法に決める。

7月22日 1回目の抗がん剤治療開始

8月 3日 副作用により発熱、好中球減少のため入院、
8月 6日 退院

8月 7日 髪がごそっと抜ける。以降1週間の間にほぼなくなる。


9月以降、休職の上、抗がん剤治療に専念することとなる。

現在に至る。


使用抗がん剤 FEC 4クール
          ドセタキセル 4クール予定


乳がんの検診は5年以上やってない。しかも前回はエコーのみ。
今回もマンモグラフィは2箇所の病院でやったが、まったく写らずエコーで確認される。
周囲からセカンドオピニオンをしたほうがいいと言われたが、家のことも考え通える病院に決定。


細胞診の後に「プール」に入りたいと言って、看護師に止められた無知な私。

初めてのCTの造影剤は怖かった。あんな怖いものはないと思った。

告知されてショックというより、「逃げ」の姿勢に入った。
最初の2ヶ月は、「がん」の言葉も「医療関係」のTVも見れない。
考えることを避けた。

FECの赤い点滴はぞっとする色で、いまだ赤色はあまり好きになれない。

入院した大きな原因は、
1回目のFEC投与後に仕事を通常通りこなし、
夜は茶道の練習に行き、
1週間後お寿司とお刺身を食べ、
発熱当日はお茶会の練習のために着物を着て3回のおお点前、そこでもお寿司。
家に帰り、いっきに発熱。
(今考えるとかなりバカなことをしたと思う)

FECの時に口内炎予防にと言って氷を口に含まされたが、(30分間)
2度目から気持ち悪くなり、以降やめた。
おかげで、いまだにカフェなどの氷の入った水は飲めない。

FEC2回やってどちらも投与後にひどく病院にかけこみ、3回目以降投与量を減らしてもらう。
この2回までに、抗がん剤治療をやっていることについて、自分の選択が正しかったのか
何のために生きているのかずっと考え続けた。

FEC2回で味覚はなし。
3回目、4回目となるにつれ味覚はもどってくる。

ドセタキセルになってから、筋肉痛、と全身の痛み、しびれ、手の腫れ。
3回目の3週間経ってから、浮腫みが出て、
現在に至る。


抗がん剤は思ったより、大変な治療だと思い知らされる。

私の時間は7月から止まっているような気がする。


年明け、2月にならないと具体的な手術方法も決定しない。

このまま、年越しとなる。





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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

ライラ

Author:ライラ
アラフォー&シングルです。
現在、乳がん闘病中です。

2009年6月の告知を受けました。
2009年7月より化学療法 FEC治療開始 終了
2009年10月より化学療法 タキソテール治療 3/4回にて中止
2010年2月18日手術
2010年4月放射線治療25回終了

このブログは、病気のことを中心に記録しています。
自分のための備忘録であり、同じ病気の方の参考になればと
思っています。

アメブロでは、別の名前で同じ記事を書いています。
こちらは、病気以外のことも書いています。
http://ameblo.jp/rungood/

闘病生活はいろいろありますが、頑張ろうと思ってます。
またよかったらご訪問くださいね。

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